Webレポート
海と湿原のつながり調査プロジェクト
【浜中町】特定非営利活動法人霧多布湿原ナショナルトラスト Webレポート
団体名:特定非営利活動法人霧多布湿原ナショナルトラスト
事業名:海と湿原のつながり調査プロジェクト
【はじめに】
霧多布湿原から河川が流れ出る浜中町琵琶瀬湾周辺では、良質な昆布や二枚貝が採れ、漁業が町の主 幹産業となっている。近年アムール川の大湿地とオホーツクの豊かな海との関係が明らかにされてきて おり、霧多布湿原と浜中沿岸の魚介類においても、海を取り巻く浜中の森や湿原がこの海産物の豊かさ を支えている可能性が高い。しかしそれが明確に実証されていないため、地元では湿原の機能は注目さ れず、不要の地としてゴミ捨て場となってきた。 そこで霧多布湿原ナショナルトラストでは、2012 年より、湿原が漁業にもたらす影響を明らかにし、 浜中町の水産物に「湿原の恵みを受けた海産物」としての付加価値をつけることを目指して調査や普及 啓発活動を行ってきた。活動を通じ、漁業者が「良質かつ安定した漁獲のためには、海だけではなく湿 原および流入河川の保全が重要である」という認識を持つことで、地域住民主体の環境保全活動につな げ、産業と自然保護が両立する町づくりを目指した。
【2015 年の事業内容】
1. 沿岸、河川、およびホッキの安定同位体分析
2015 年 4 月~9 月に、浜中町の沿岸海域において、海洋調査を行った。調査には浜中漁業協同組 合および北海道大学厚岸臨海実験所に協力を仰いだ。河川および沿岸での採水、採泥のほか、6 月 以降は潜水によるホッキの採集を行った。採集したサンプルは、北海道大学札幌キャンパスに持ち 帰って分析をしていただいた。
2. ホッキの産地当てクイズの実施
湿原河川の流入量が異なる沿岸漁業区において、ホッキの味が異なる、という意見があったため、 それぞれの漁業区でとれたホッキを食べ比べた。食べ比べ会は 4 月 29 日のホッキ直売イベントの 一環として実施した。
3. アマモウォッチの実施
アマモ場は様々な動物のすみかになるほか、近年問題視されている海洋酸性化を緩やかにする効果 があるなど、その生産性の高さが注目されている生態系である。しかし、漁業者にとっては「船の プロペラに絡まって邪魔」「コンブの生育場所をなくしてしまう」など、その重要性はあまり認知さ れていない。本事業では、「身近な自然の見守り人を育てる」ことを目指し、浜中町立霧多布高校の 生徒にご協力いただいて、アマモ場のモニタリング活動「アマモウォッチ」を行った。調査には霧 多布高校教諭 2 名、選択授業「地域と自然」履修生徒 6 名が参加した。
4. つながり報告会の実施
これまでの調査内容を町民にお知らせするため、11 月 28 日に「2015 海と湿原のつながり調査 報告会」を実施した。基調講演には北海道大学北方生物圏フィールド科学センターの柴田英昭氏を お招きした。また、昨年まで野外調査にご協力いただいた長坂晶子氏、有氏に講演をお願いした。 北海道大学の巴シン氏から安定同位体の分析結果について、また、当団体からはアマモウォッチの 結果について報告を行った
5. 「つながりクリアファイル」の作製
普及啓発を目的として、森・湿原・海のつながりをデザインしたクリアファイルを制作した。クリ アファイルは 11 月 28 日のつながり報告会参加者に配布したほか、浜中漁業協同組合などで配布 を行った。
【事業の成果】
1. 河川および海洋の調査、ホッキの安定同位体の分析
4 月から 9 月までの合計 4 回、浜中町沿岸の 1 区、2 区、3 区、および漁業区ではないが琵琶瀬川 の河口がある南側の砂州向こうで、海底の採水、および泥の採集、ホッキの採集を行った。CTD の 結果からは、沿岸の海水が鉛直方向によく混合されていることがわかった。安定同位体比の分析か らは、各漁業区で底質、海水、ホッキの筋肉、ホッキの胃内容物のそれぞれの C/N 比がほぼ一定で あることが示され、漁業区による環境の差がほとんどないことが示された。ホッキの胃内容物の C/N 比は海洋底質の C/N 比に最も近く、ホッキの餌として底性の微細藻類が重要であることが示 唆された。一方で、河川の C/N 比とは数値が大きく離れ、ホッキの餌資源として河川由来の物質は ほとんど寄与していないことが示された。
2. ホッキ産地当て会の実施
2015 年 4 月 29 日に、ホッキ即売イベントの一環として、ホッキ食べ比べ会(産地当てクイズ) を実施した。浜中町の 3 漁業区(1 区、2 区、3 区)のホッキを用意し、食べ比べを行った。被験 者には産地は知らせず、ブラインドテストとした。ホッキのサイズはなるべく揃え、食べる部位も 同じになるようにした。11 名から回答を得、正答率は 45%と高かった。
3. アマモウォッチ
6 月 18 日に、琵琶瀬川河口でアマモウォッチを開催した。実施の 1 週間前には、霧多布高校に出 前授業に行き、アマモとアマモ場の成り立ちや役割についてお話しした。当日は、琵琶瀬の岸壁か ら船を出し、現地に上陸して調査を行った。あらかじめ設定した基点から 100m のラインを引き、 10m おきに 50cm 四方のコドラート(方形枠)を 5 個ランダムに投げ、枠内のアマモ類の被度を 目視で観察し、記録した。 枠内に出現した種類はコアマモで、周囲にわずかにアマモの分布が見られた。各ポイントでの 5 枠 の平均値をとると、被度はおよそ 9~25%で、全体的に均質なアマモ場が広がっていることがわか った。高校生からは、「ゴモ(アマモ)の存在は知っていたが、役割がたくさんあることは知らなか った」「興味がわいた」などの声が聞かれた。
11 月 30 日には、アマモウォッチの報告とつながり調査の紹介のため、再び霧多布高校を訪れ、出 前授業を行った。当団体からアマモウォッチの報告を行ったほか、北海道立総合研究機構林業試験 場の長坂氏に、昨年までの河川での調査結果についてお話をしていただいた。実際に観察できるよ う、ヨコエビを用意していったところ、高校生から「ヨコノミだ!」という声があがったほか、ヨ コエビを主に食べる魚はコマイであることをほとんど全員が知っているなど、漁業の町ならではの 経験の高さが伺える授業であった。
4. つながり報告会の開催
11 月 28 日に実施したつながり報告会には、地元漁業協同組合や漁業者など、22 名が参加した。 基調講演として、北海道大学北方生物圏フィールド科学センター森林圏ステーションの柴田英昭氏 から、「森、土、川のつながり~物質循環と水質の研究より」と題してお話をしていただいた。特に 窒素の循環のお話では、窒素フットプリントからみた食料生産と環境負荷の関係などから、海産物 が環境負荷の低い食品であることをお話しいただき、地元住民にも新たな視点を提供していただい た。また、北海道立総合研究機構林業試験場の長坂氏からは、浜中町も含めた風連川流域での聞き 取り調査から見えた自然保護に対する意識の変化についてお話をいただき、流域保全における合意 形成の重要さ、難しさについて問題提起をしていただいた。北海道大学地球環境科学院の巴シン氏 からは、ホッキおよび流域環境の安定同位体分析の結果についてご報告いただいた。当団体からは、 アマモウォッチの内容について報告を行った。報告会後の意見交換会では、浜中町の海産物のブラ ンド化について、環境だけでなく持続的な資源管理をしている面からもアプローチできるのではな いかといった声や、これまでの調査結果を町内外にもっと広報した方が良いのではないかなどの声 が聞かれた。
5. 「つながりクリアファイル」の制作 普及啓発を目的として、霧多布の森から湿原を経て海へと至る景観とそこに暮らす生きものをデザ インしたクリアファイルを制作した。クリアファイルは調査にご協力いただいた関係者に配布した ほか、報告会の参加者にも配布した。
【まとめ、今後の展望】
本プロジェクトでは、これまでに河川水に豊富な炭素と鉄が含まれることを示し、陸域からの物質流 入が沿岸の大型藻類や植物プランクトンの生産を支えている可能性を示唆してきた。しかし、実際に海 洋で海水や底質を採集して分析すると、環境は比較的均一で、特に海水の混合がよく起こっていること が伺える。ホッキの安定同位体分析からも、漁業区ごとに大きな差は見られず、ホッキは河川水の影響 をあまり受けていないことがわかった。一方で、食べ比べ会(官能検査)からは、昨年に引き続き漁業 区ごとにホッキの味に差があることが示された。ブラインドテストの結果、ホッキの産地の正答率は 3 択であるにもかかわらず約 45%と高く、浜中町民でホッキを食べ慣れている人には産地が食べ当てら れることがわかる。このような味の違いを生じさせているのがどんな要因なのか、残念ながら本事業で は明らかにすることができなかったが、「産地ごとのホッキの味が違う」という漁業者の声を実際に官 能検査のデータとして示すことで、ホッキをきっかけとした沿岸環境への興味を励起することができた。 本事業は浜中町の海産物のブランド化を目指したプロジェクトであるが、残念ながら、現時点では海 産物に新たな付加価値をつけられるほどの情報は得られていない。浜中町の豊かな海産物を支える基盤 として、湿原からの物質流入に着目してきたが、今後は、沿岸の環境や生態系に関する詳細な調査も必 要であろう。特に、ホッキの餌である可能性が示された微細な底性藻類の付着基盤となるアマモ類につ いては、分布や現存量の調査を行い、基礎的な情報を蓄積する必要があると考えられる。 海産物のブランド化を通じ、経済活動と自然保護が両立する町づくりのモデルケースとするためには、 地元の住民が「自分たちの暮らす町の環境および生産物の価値」に気付き、誇りに思うことが重要であ る。高校生を対象としたモニタリング活動は、「自身の町の環境を知り、誇りに思う」ための活動として、 有効であるように見受けられた。モニタリングは、継続することが何よりも重要で難しい課題である。 ともすれば単調になりがちなモニタリングにどのように面白さを見出していくか、高校生たちのモチベ ーションをどうやって保っていくかなどが今後の課題となってくるであろう。 当団体の自主事業として 2012 年に始まった「海と湿原のつながり調査」は 4 ヶ年の調査を終え、 沿岸の漁業に流域保全が重要であることが示されてきた。しかし、調査が行われていることや、調査の 結果について、周知が不十分であることが指摘されている。今後は、これまでの調査結果をお知らせす ると同時に、今後の流域保全について考えるためのフォーラムの開催などを検討中である。また、本年 度立ち上げたアマモウォッチを、高校生たちが楽しみながら続けていくための工夫が必要であろう。
【謝辞】
本プロジェクトの執行にあたり、調査にご協力いただいた北海道立林業試験場の長坂晶子氏、有氏、北 海道大学厚岸臨海実験所の仲岡雅裕氏、伊佐田智規氏、北海道大学地球環境科学院の藤井賢彦氏、巴シ ン氏にお礼申し上げる。浜中漁業協同組合には、ホッキの手配や調査船の手配など、全面的なご協力を いただいたほか、浜中町立霧多布高校のみなさんにはアマモウォッチにご協力いただいた。ここにお礼 申し上げる。最後に、本年の活動を助成してくださった北海道・北海道コカコーラボトリング株式会社・ 北海道環境財団の皆さまに、厚く御礼申し上げる。

特定非営利活動法人霧多布湿原ナショナルトラスト
海と湿原のつながり調査プロジェクト